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化粧品、食品、洗剤、トイレットペーパーなどを安く販売することで集客し、原価率のよい医薬品で利益を得るのが、ドラッグストアのビジネスモデルだ。一般用医薬品は副作用のリスクによって第一類、第二類、第三類医薬品に分類される。第一類は薬剤師だけが販売できるが、第二類・三類は登録販売者でも販売が可能だ。
不景気の影響で小売業全般が低迷している中、ドラッグストアは順調に成長を続けている。日本チェーンドラッグストア協会によれば、2010年度の市場規模は5兆6308億円。これは、対前年度比で3.4パーセントのプラスだ。11年度も、夏の電力不足によって熱中症対策商品などの売り上げが伸びた。大手ドラッグストアチェーンの業績は引き続き堅調と言える。市場規模は対前年比で6.2パーセント増だったが、08年度は5.4パーセント、09年度は4.0パーセント、10年度は3.4パーセントで、成長は鈍化傾向だ。コンビニなど他業種が医薬品販売に参入しやすくなり、競争はさらに激しさを増している。また、改正薬事法では第三類医薬品のインターネット販売が認められた。そのため、通販事業者がドラッグストアのライバルに成長する可能性も指摘されている。ただし、医薬品には安全性が求められることから、対面販売を義務づけるべきだという声も根強い。ドラッグストア業界志望者は、医薬品のネット通販に関するニュースをチェックしておこう。宮城県仙台市に本社を置き、主力工場を仙台から約30km南に位置する角田(かくだ)市に構えるアイリスオーヤマ。プラスチック製造業出身ながら、一つの成功例にとらわれることなく、ホームセンターなどで販売する日用品の開発・生産を手がける、東北地方を代表する企業として知られる。ホームセンターを始め、いまや販売チャネルもドラッグストア、ネット通販、そして家電量販店など幅広く、その商品数は現在、1万4000点にも及ぶ。
もちろんアイリスオーヤマは、東日本大震災で甚大な被害を負った被災企業だ。
さらに、「計画停電」を受けて同月中にLED照明の大増産をし、今では「LED照明の分野で世界ナンバーワンメーカーとなることを目指している」と明言するなど、並々ならぬスピーディーな動きを見せてきた。
これを可能にしたのが、アイリスオーヤマ社長、大山健太郎氏の判断力・決断力であることは疑いようもない。
あの日はショーの初日でした。激しい揺れを感じた後、大きなフロアの床が割れて、砂埃が上がりました。すぐに、宮城県沖地震だと直感しました。 宮城県では、32年前の宮城県沖地震から30年以内に同等の地震が起きると言われ続け、地震に対する備えはありましたから、地震そのものには動揺せず、インターネットで震源地を確認し、一緒にいた取締役と社員2人とともに、即刻、仙台に向かうと決めました。なによりまず、被災状況を自分の目で確認し、明確な指示を出さなければならないと思ったからです。 当初、阪神淡路大震災での経験(当時、大阪で震災に遭い、航空便で仙台に向かった)から、航空便は使えると考え、成田空港を目指したのですが、大渋滞に巻き込まれるうちに仙台空港が津波に襲われたことが分かった。 すでに高速道路はストップしていましたし、一般道で戻るしかない。しかも、行く先々で渋滞、停電、通行止めに合うわけです。結局、ノンストップで翌12日に福島県・新白河駅前のビジネスホテルにようやくたどり着き、交代で仮眠をとりながら1日を過ごす内に、テレビから流れる津波の映像に何が起きたかようやく見えてきた。何しろそこまではインターネットとラジオが情報源。仙台には電話も通じず、通行止めもあり、すぐには現場に入れない。なんとか連絡を取らなければ、社員の安否も分からない。そこで生きたのが工場同士のネットワークでした。 角田工場には電話はつながらずとも、アイリスオーヤマの国内8工場同士はネットワークで連絡が可能です。それで、他県の工場からの情報で、角田工場の状況が断片的ながらわかってきました。
大山: まず大河原工場で1時間ほど社員の安否と工場の被害状況を確認し、そこから角田工場に向かいました。やはり社員の安否確認と工場、物流センターの被害状況、社員寮を確認し、幸いにもけが人はいなかったことが分かりました。工場も、2、3日整理をすれば大丈夫。これは、毎年の防災訓練のおかげです。 昼には仙台本社へ。本社および子会社は天井が崩落していたり、机や椅子、資料が散乱していましたが、建物自体には問題がなく、1、2日片付ければいいと分かりました。それよりも、大変だったのはライフラインがストップしていたこと。 夕方、自宅に帰り妻の無事も確認しましたが、自宅は耐震強化をしてありますからあまり被害もありませんでしたね。これも、宮城県沖地震の教訓です。ただ困ったのはやはり余震とライフラインのストップ。結局、車で過ごしていました。
、我々には、2つの選択肢がありました。 ほとんどの社員は鉄道が止まり自宅に帰れず避難所から通勤してくる状態。避難所には怪我をした人も、困っている人もたくさんいる。その救護、ボランティアはとても大切です。 しかし当社は生活用品を扱っています。それならば、工場をいち早く復旧させて、困っている人たちに商品を提供することも重要。 今、どちらをやるべきなのか。悩みました。当然社員も悩んでいた。兄弟や家族の行方が分からず、安否確認すらできない社員もいる。私の話を聞きながら、うつむいている社員もたくさんいました。 しかし私は、地元を代表する企業として、工場をいち早く立ち直らせ、お客様に商品を届けることを優先しよう、そのため工場の復旧を優先してくれと話しました。
千葉から仙台まで戻るときに目にした光景です。東日本大震災では、直後から自衛隊や警察が動いた。阪神淡路大震災とは異なり初動が早いと感じたんです。 また、二次災害を避けるために、津波被害の現地には、我々は入ることができなかった。つまり、できることは限られていた。 それならば救援救済活動は自衛隊や警察、ボランティアの方に任せよう。自分たちは少しでも早く復旧して、角田工場の自動倉庫に積まれている商品を、1時間でも早く、必要とする人に届けられるようにしようと考えたんです。 その代わりと言ってはなんですが、アイリスオーヤマは被災企業ではありますが、自治体に対して3億円の義援金を出すことにしました。災害時に自治体がまず直面するのは資金問題ですから、とても喜ばれました。 一方で、社員にとってもこれは、背中を押すものになりました。自ら避難所で過ごし、救護活動をするボランティアの方や地元の人、困った人を横目に仕事を優先することには、どこか、心苦しい部分もあるねす。それが、義援金のおかげで、自分たちの役割を自覚できた。ある意味、後ろめたさを感じることなく、仕事に向かうことができるわけです。
工場には水もあり、食事もあり、寮もありました。だから社員だけでなく、近所で被災して避難場所がない皆さんも受け入れました。会社自体が一種の救護センターになっていたわけです。 商品としてミネラルウォーターも扱っているし、倉庫には水もたくさんある。しかも、一帯は農家なのでお米もある。ガスはプロパンだから炊き出しにも困らない。それが、少なからず支えになったんです。
日曜日の夜に電気が通ったはずだったので、14日に幹部社員とともに本社に戻り、本社を震災復旧センターとしましたが、このときに市内に電気が戻ったなら、なぜガソリンスタンドは開かないのか、とても疑問に思いました。停電しているなら給油できないから当然ですが。 ピンと来て、石油事業主に連絡をしたんです。すると東北に1つしかない仙台港のJX日鉱日石エネルギーの仙台製油所が燃えてしまったと聞いた。つまりそれは、ガソリンが手に入らないということを意味します。この土地では、車がなければ生活も産業も成り立ちません。 そこで急遽、埼玉の工場から燃料を手配。また大阪からはタンクローリーを手配しました。それが、決定的にほかの企業と復旧の速度が違った理由です。 さらに通勤用のマイクロバス4台を埼玉のレンタカー会社から調達し仙台まで運び、社員はエリアごとに乗り合い通勤をするようにしました。
本社では携帯電話もメールも使えるようになったので、情報収集を徹底し、全国各地の社員たちは取り引き先に掛け合い、どこにガソリンがあるか、どこでタンクローリーが手配できるかなど、ネットワークを活用したわけです。これが1カ所、1人の知識ならば限界がありますが、全国にネットワークを持っていることで、連係プレーができ、すばやく対応できたんです。
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大山: 最後はライフライン、水が問題になりました。角田工場は高台にあるため、震災の影響で配水管が漏水してしまっていました。それでも、弊社には25Mの温水プールがあったので、その水を活用しましたね。
工場復旧後、事業の動きのスピーディーさも、注目を集めました。「人感センサー付LED電球」を4月に発売し5カ月で30万球の大ヒットとなり、その後もリビング用シーリングライト、高輝度タイプなど次々とラインアップを充実させています。もちろん、防災用品もそうです。
大山: ほとんどの企業はプロダクトアウト、供給者サイドで物事を考えますが、我々は常にユーザーイン、生活者の立場で物事を考えています。生活者の不足、不満というものを一つひとつ解決しようとしていくから、新しい商品も生まれるし、新しい変化に対応できてきています。でも、目線の違いだけなんです。とびっきり優秀だとか、アイデアが抜きん出ているというわけではないと思います。 何も大ヒット商品だけを狙って動いているわけではないんですよ。生活関連の1万4000ある商品の中から、ヒット商品がいくつか生まれたというだけのこと。その中で、防災用品やLED、節電用品は「生活者が今、必要としている」と思ったから、すぐに商品を用意したというだけのことです。 もちろん、3月の計画停電がインパクトが強かったのは事実です。たとえ電気の割り当てがあっても、工場は動かさなければならず、家庭でも電気は必需品。ならば、電力消費を抑える方法を考えればいい。エアコンを止めてサーキュレーターを回し、照明をLEDに換える。 その商品を供給するために、震災直後の車で東京に向かい、中国・大連工場へ渡って、工場の従業員たちに直接、LED照明の大増産を指示しました。電話で言っても緊迫感が伝わらないでしょう。急ぐのであれば、社長自ら現場で指示を出せばいい。そうすれば、動きは早くなるものです。その場所が、たまたま大連だっただけのこと。 ただこれは、現場、現品、現状という「3現主義」が基本にあれば当然なんです。 事業再開が遅かった企業は、おそらく、トップが現場にいなかったのだと思います。もちろん、鉄道が麻痺している、高速道路が通れないなどの理由はあったでしょう。部長や専務は来たかもしれません。しかし社長=トップが来なければ「判断」が遅れます。 もしトップが東京にいて、テレビで津波の様子や被災地の様子を見ていたら「ライフラインがストップしていて、これだけの被害があり、燃料もないのなら、物資を送るから自宅待機していなさい」と言うでしょう。私だって、そうしたかもしれません。でも、テレビの情報は一部分でしかないんです。 現場に来ると「次、どうしたらいいのか」というアイデアが浮かびます。次に進まなければならないと気づくんです。
西日本では売り上げが非常に停滞していますが、一時の山は超えたものの関東以北は復旧特需が続いています。実際に、宮城県だけでも30万人近くの人が被災しました。避難所生活を送り、仮設住宅に入るなど、一時しのぎの生活を送る人も多い。そうなると、家財道具も買い換えるしかない状況もある。当然、生活物資に関しては、被災地の売り上げは前年比2、3割増しになっています。 また、関東地方在住者には東北出身者が多い。親戚や友達がいれば、関東でも生活物資を購入して被災地に届けることもあるので、消費増加につながっています。 そして、がれき処理や公共施設の再建など東日本大震災からの復旧・復興にかかる経費、つまり「復興予算」は2011〜2015年度の5年間で19兆円を投じる当初計画を立て、すでに約18兆円が計上されています。つまり、東北ではそれだけのものが失われたということですが、逆に考えれば、今から整備し直す動きがあるということです。主には建設関係になりますが、労働力も必要となり、その働き手がホテルを利用するようになり、飲食店を利用するようになれば、それがまた現地の産業を活性化させますよね。 この震災特需は被災3県に集中しますが、それを支える関東、つまり東日本の景気は1年ではなく10年くらい続くものと思います。
防潮堤が必要とされています。すると道路も盛土にする必要がある。それができてようやく下水を作ることができる。インフラをすべて整えるのは、10年仕事となるでしょう。 遅い、遅いと言いますが、1年2年でクリアするのは無理な話。津波の被災者に対して、土地を1m高くするから元の場所に住みなさいと言っても、住めるわけがない。堤防を作り、土地をかさ上げし、排水処理もされた状態からようやく、区画整理ができるようになるんです。 「絆が強い」「痛みを分け合う」という言葉が飛び交いますが、実際には瓦礫処理一つをとっても、これほど地域エゴが出たことはないでしょう。20年分という瓦礫の山は、各県で分けるしかないにもかかわらず拒絶する地域ばかり。大阪も仙台も放射線量が同等でも、受け入れることはできないわけです。 これが、現場で見た現実です。「絆」より、瓦礫処理に協力すべきではないかと思うのです。
なかでも戻ってはいけないものは、原子力でしょう。損得勘定からしたら、今まで事故なく使ってきたものがストレステストで問題ないという結果が出れば、使ってもいいのではないかという人がいるのはわからなくはない。しかし福島の現状を見る限りありえません。1年経っても今の状態なのです。事故が起きたときに人の手に負えないものを、損得勘定で運用してはいけない。 となると、どうなるか。おそらく節電への意識は拡大していくでしょう。 今、さまざまな場で話していますが、日本は今後、「スマートライフ」に移行していかなければなりません。スマートグリッド(次世代送電網)、あるいはスマートシティという発想は、あくまでもサプライサイドの議論です。 そうではなく、もっとデマンドサイドに立ち、エネルギーを賢く使うべきときです。例えば電力消費量は3割は抑えられるものと考えています。一例を挙げるなら照明です。家庭でもどの建物でも照明は必需品です。これをLEDに換えるだけで、電力は半分に抑えられます。あるいは人が住む空間においては、空調がない空間はありません。弊社でも全空調を新調しましたが、これにより3割節電できることとなりました。家庭で言えば冷蔵庫。10年前の冷蔵庫を最新のものに買い換えることで、やはり電力は3割抑えられるのです。 結局、初期投資をして電力消費を抑えなければ、電力会社のために働いている状態になってしまうんです。照明、空調、冷蔵庫という3商品を買い換えるだけでも大きな省エネになります。 日本がこうした「スマートライフ」に移行していけば、今後、欧米、あるいは中国などアジアで起こりえる「節電」ムーブメントの先陣を切ることになるわけです。 行政や供給者側に変えてくれと言っても、なかなか動かないことはご存じの通りです。だから、デマンドサイドから変わっていけばいい。そうすれば、必ず賢い産業構造に変わっていきます。 また、スマートライフに移行するためのもう一つのポイントは、「雇用」です。今の日本の雇用の6割は、サービス業です。そしてサービス業が一番忙しいのは土日ですよね。 それならなぜ、製造業は土日を休むのでしょうか。昔は誰もが土日に休んでいましたが、少なくとも今、サービス業従事者は、土日に働いていることが多い。ならば製造業でも公務員でも、土日に仕事をしてもいいのではないでしょうか? 学校行事や休みがあわせにくいという人も出てくるでしょうけれど、サービス業従事者は休みではないわけでしょう。休みを分散すれば、ゴルフ場だって温泉地だってレジャー施設だって、土日だけ混雑したり料金が高くなったりしなくなる。デマンドサイドから広がっていけば、行政も動かざるを得なくなるでしょう。 変化はビッグチャンスです。震災より以前に『ピンチはビッグチャンス―メーカーベンダーの革新』という本も書いていますが、ピンチはチャンスになりますから。
「絆から共生へ」 今、日本は我欲に満ちています。自分の業界、自分の役所だけがよければ……という傾向がある。しかしそれでは何も解決しない。 絆は糸が絡んでいるということ。しかし親子以外の絆というものは、どこかで切れてしまう可能性があります。だから「共に」なんです。ボランティアの皆さんは共生の精神で来てくださっている。しかしそれが、一部にとどまってしまっています。「共に生きる」という意識、共生の精神が、これからの日本を変えていく、支えていくと思います。
大手が中小規模のドラッグストアを吸収し、経営効率や購買力の向上を目指す動きが盛んだ。また、不採算店舗の閉鎖・好立地店舗の開設など、店舗構成の見直しも加速すると考えられる。
異業種とコラボレーションする試みも始まっている。代表格は、コンビニチェーンとの協業だ。マツモトキヨシホールディングスは、ローソンとの共同店舗を10年7月に開設。「セイジョー薬局」を手がけるココカラファイン ホールディングスも、サークルKサンクスとの共同店舗を10年5月にオープンした。ただし、ドラッグストアとコンビニの提携は注目されてはいるが、現在のところ、際だった成果にはつながっていない。
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岩手・三陸田老産真崎わかめの販売を再開した。肉厚で歯ごたえが良く、希少なブランド品だったが、津波で大きな被害を受け、約1年間出荷が止まっていた。
一つの商品にこうした手紙が寄せられることはほとんどないという。パートなど非正規労働者に社会保険適用を拡大する政府・民主党の方針に対し、日本チェーンストア協会や日本通信販売協会など小売りやサービスの業界団体から成る「流通・サービス産業年金制度等改革検討協議会」は23日、都内で反対集会を開いた。「多くのパート労働者は適用拡大を望んでいない」などと断固反対を強調した。
集会には約600人が参加。日本チェーンストア協会の清水信次会長は冒頭あいさつで、「国家の暴走を止めなければいけない」と訴えた。
品目別では、主力の食料品が0.4%増。相場高のキャベツや白菜などを中心に生鮮野菜が売り上げを伸ばしたほか、揚げ物やサラダなどの総菜も好調だった。衣料品は0.3%増。紳士衣料を中心に、冬物のコートやセーターのセール品が売れた。
販売の再開に際し、生産者の写真を撮り直して新たなパッケージにした。